もりてんのプロフィール

初めまして。

もりてんです。

 

プロフィールに興味を持っていただきありがとうございます!

 

私は現在40代、神奈川縣在住の男性です。

出身地は茨城県。

18歳から24歳まで大阪府茨木市というところに住んでいました。

 

インターネット上ではハンドルネームの「もりてん」と名乗っていますが、本名は森田英明と申します。

 

お問い合わせ・ご連絡先:life@pass002.xyz

 

お店時代には「店長」と呼ばれることも多く「もりた」と「店長」を合わせた「もりてん」として活動させていただいています。

 

女性だと思っていたでしょう?

残念、男です。。

 

アパレル業界に入ったのは25歳からでした。

関東近郊の駅ビルにヤングミセスのショップを25店舗ほど展開する会社に入りました。

その店舗の中でも年商1億5千万円ほどある、一番売り上げの高いお店に配属になり、販売員を1年、店長を4年経験させてもらいました。

その後は仕入れや店舗開発、新ブランドの立ち上げ、そして30歳を前にして取締役になりました。

その会社には100名ほどの社員がいましたがほとんどが女性ばかりで、男は10名くらいしかいなかったこともあってこうした経緯になったと思っています。

変な言い方ですが、ライバルがいない状態での出世!というところでしょうね。。

 

独立するきっかけは?

独立するきっかけになったのは、超ワンマンだった社長がM&A(企業売却)をすることになり、その超ワンマンだった社長に可愛がられていたこともあり、売却先の会社には目をつけられて出世なんてできないと感じ、勤めていた会社を売却すると同時に退職して独立しました。

その後はテレビでもよく取り上げられるようなおしゃれスポットで自分のお店をやっていき、1年経った時に、2店舗目を始めました。

ここも人気の港町で日本人なら誰もが知っていて、おしゃれな街とされているところでした。

30歳前半でこうした華やかな経歴を持ちましたが、会社は資金が足りずいつも家計は火の車。

買いたいものも何一つ変えない状態で約10年間お店を運営してきました。

その10年間は私もほぼ毎日販売員としてお店に立っていましたので、接客販売のスキルは結構たまっていると思います。

 

お店を手放して今の暮らしは?

結局は2店舗とも2016年の6月に手放してしまい、今ではインターネットを通じた報酬で暮らしています。

 

インターネットでお金を稼いできた実績をかいつまんでみました

そのインターネット・ブログでお金を稼げる様になるまでは・・・

1年目には月に1万円の稼ぎを。

2年目には月に10万円の稼ぎを。

3年目には月に30万円の稼ぎを。

という感じで、順風満帆とはいかずに、簡単には稼げるようにはなりませんでしたが「継続こそ力なり」を地でいくことで何とか形になりました。

まとまったお金が振り込まれるようになると、心の安心感はお店をやっていた時とくらべると

◆お店をやっていた時

・お金、資金繰りに追い込まれていつも心が苦しかったです。
・売り上げがすべてだったので、体調が悪くてもやり抜くしかなかったです。
・自分の将来を考えるほど心に余裕はありませんでした。

 

◆お店を辞めてブログで稼げる様になった今

・近場ですが、嫁と一緒に買い物やスーパー銭湯などに出かけることができるようになりました。
・親のことまでも考えれる余裕ができました。
・金銭的リスクが少なく、やった分だけ見返りがあることでモチベーションを保つことができています。

 

こうして比較してみましたが、ブログで稼げる様になった今のほうが、精神的な健康度合は高いです。

 

今でもお店をやっていた時の運転資金の借り入れやお金の問題は解決せずとも(融資を受けた創業資金や運転資金がまだ残っているため)少し気楽に生活しています。

 

そんな私がどうしてブログを使って何かの情報を発信しようかと考えたのか?

 

情報を発信する意味!

こうしてブログを使い情報発信している理由は、会社を作った時の理念として

・依存しない生き方の提案。

・高い教養と人格形成。

・社会貢献

というものを掲げていたからなんです。

 

勤めに来てくれる社員に・依存しない生き方を提案するというのは、少し矛盾がありますよね?

だって、会社なら従順な人材が欲しいわけですから。

でも依存しない生き方を提案するその理由は・・・

 

【自分の人生は自分でデザイン可能】
ということを考えてほしかったからなんです。

 

また依存しない生き方を解説してみると、

 

あなたは宇宙の中の銀河系に住んでいますよね。

その中でも地球という星にいます。

また、違う方もいるかもしれませんが日本に住んでいると思います。

ということは日本のルールには守れ負ければいけませんよね。

 

・銀河系や地球、住んでいる国という束縛は逃れることはできません!

 

当然、税金を納めたりそのほかにもいろんなルールがあると思います。

それらからは逃れられませんよね!

日本に住んでいる限り。

 

でも会社・企業に勤めるという事に関してはどうでしょう?

現実的ではないかもしれませんが生活していけるだけのスキルやお金があれば働かなくても大丈夫かもしれません。

 

【ブログでお金を稼げる様になったとしたら】

 

すこし依存しない生き方が見えてきませんか?

 

こんなふうに抽象的にものを見ることができれば依存しない生き方ができるかもしれないと感じませんか?

 

そして、依存しない生き方ができるようになれば孤独を感じることになるでしょう。

それは、あなたの手帳には何も書かれておらず、白紙なんですから。

 

始めは気楽でいいな~なんて感じるかもしれませんが、だんだん感じるようになるはずです。孤独を。

別の言い方をすれば、社会に依存しない生き方をすれば、誰からか必要とされるという、承認欲求は満たされる機会が少なくなりますから、孤独を感じてくるようになると思います。

 

そうした時に2番目の・高い教養と人格形成がかかわりあってくるわけです。

 

教養は自由な暮らしをするための知識ですから、孤独になっても慌てない考え方や、人間関係や資産を作ること・守ること・使うことを身に着けていくこと。そうしたことが大切だと考えるからです。

 

こうして

・依存しない生き方の提案。

・高い教養と人格形成。

を身に着けた人材がたくさんいれば、3番目の社会貢献が果たせる。そう考えたわけなんです。

 

インターネットを使って人に有益な情報を届ける。

その情報を受け取った人が豊かになる。

こうした仕組みを作るのが、私がこうして情報を発信している理由になるんです。

 

もりてんのこれまでのヒストリー

あまり興味はないかとも思いましたが僕のこれまでのヒストリーも書いてみたいと思います。

子供のころ

兄・姉がいる3人兄弟の末っ子だったせいか、赤ちゃんだったころの写真はどれも顔にシールが貼られていたり、鉢巻きをまかれていたりといたずらばかりされているものばかりでした。可愛がられていたんでしょうね^^

幼稚園では引っ込み思案で食も細かったらしく「給食は全部食べないと外では遊べないよ」といわれ、食べられないので泣きながら遊んでいるほかの子供を眺めていたのを覚えています。

このとき、将来の夢はウルトラマンとパイロットでした。

 

小学生になっても同じような性格で、母親が学校まで送ってくれても一人で帰ってきてしまうような子供でした。

しかし何がきっかけになったのか分かりませんが突然活発な少年になったらしく、近くの川に行って土の中に埋まっているイヌのあごの骨やら茶碗のかけらを見つけては「縄文時代のものだ」といって大切にしていました。

この時は考古学者になるのが夢でした。

その後少年野球のチームに入りましたがあまりうまくなることもありませんでしたが、マラソンは好きで案外早いほうでした。

 

中学生・高校生のころ

中学生になると野球部に入りましたが、同級生の女の子のお兄さんが札付きの不良で、先生たちも恐れるほどの人でした。

わたしは同級生のお兄さんでしたからフツーに話をしていると、野球部の先生から叱られ、理不尽に感じながらも野球部を辞めハンドボール部に入りなおしました。

 

しかし、私の人生を狂わせたのは先輩たちが演奏した文化祭でのバンドを見たときでした。

 

そこからは音楽・おんがくの毎日で高校生になっても学校にはあまり行かずに音楽とバイトの毎日を送ることになりました。

 

毎年「追試試験を受けるなら進学させてやるから学校に来い」といわれてそれは卒業するときまで続きました。

高校を卒業するときは先生に「進路はどうする?」と聞かれ「音楽やります」とだけ言ってみんなを心配させました。

 

初めにも書いた大阪に行ったのは音楽がやりたかったからなんですよね~。

 

関東に住んでいましたから「なんで大阪?東京でいいんじゃないの?」とよく言われましたが、親戚がいたりで息苦しく感じたり束縛されたくなかったんでしょう。。

 

大阪時代

大阪に住んでいた時はもう本当に自由人でした。

束縛されるものも何もないし、責任感もゼロ!

バイトして食べていければよかったこともあって、どのバイトも長続きせずに仕事を転々としていました。

「音楽がやりたい」

この一心でしたが、思うようにうまくならないこともあって「プロは無理かもしれない」そう心のどこかで感じていたのも事実です。

 

最終的には「場末のバー」で月に2回一人弾き語りライブをするところで音楽の夢は破れました。

 

25歳でアパレル業界で働くという現実に戻されるまで約7年間こうした責任感のない自由な生き方をしてきたことも今の考え方に影響を与えているのかもしれませんね。

 

こうして「社員になんかなるもんかー!」といっていた威勢のいい私もアパレル業界で頑張り独立まで果たし、借金を残して今に至るわけです。

 

長いながいヒストリーになりましたがこれがもりてん、という依存しない生きかたを模索して、その情報を発信している男の全てです。

 

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